「顔で笑って心で泣いて」

この言葉は、人間がすばらしい能力を持っていることを物語っています。 考えてみてください、顔は笑っているのに、なぜ「心の中ではこの人は泣いている」ということがわかるのでしょうか。

意識的に心を隠そうとしても、人は相手の本心を見抜くことができる、隠そうとしても隠せないものを読みとる能力を持っているということを、この言葉は表しているのです。

人は生まれながらに、この能力の基本的な素養を持っています。 赤ちゃんは、お母さんの声や視線、さらにはぬくもりといった皮膚感覚を通して、お母さんの心をとても上手に読みますが、それができるのはこの能力を使っているからです。

でもそれは、「読める」といっても、感覚的にわかっているというだけです。わかったことがきちんと認識できるようになるためには、大脳皮質の言語脳の発達と、この前頭前野の能力をリンクさせていくことが必要です。 幼い子供はそれを、「まね」を通して行っていきます。 幼稚園前後の小さな子供は、周りの人のまねをよくします。兄弟のいる子ならお姉ちゃんやお兄ちゃんのまね、いない子はお母さんやお父さん、あるいは幼稚園の先生など身近な人のまねをします。

あれは、相手の行動や言葉をまねること、つまり同じ行動や言動をすることによって、その人がどうしてそういう行動をとるのか、なぜそう言ったのか、そのときの「心」を体験し、学んでいるのです。ですから、「まね」というのは、脳の発達においてとても大切な訓練なのです。

子供は人まねを何度も何度も繰り返すことで、前頭前野を発達させていきます。

前頭前野は、人間にとってとても特別な脳です。

なぜなら、人間を一番「人間らしく」する働きをしている脳だからです。 アントニオ・R・ダマシオという神経学者が書いた『生存する脳―心と脳と身体の神秘』という本に、事故で前頭前野だけが傷ついた人の例が掲載されています。

その人が損傷したのは前頭前野だけで、脳の他の部分は無傷でした。

事故に遭われたのは不幸なことですが、この人に事故の前と比べて何かできなくなっていることがあれば、それが前頭前野の働きだということがはっきりします。発達した前頭前野を持っているのは人間だけなので、その部分がどのような働きをしているのかということは、動物実験では調べることができません。そういう意味で、このケースは、医学的にとても重要な症例なのです。

事故から回復したとき、その人は一見すると他の人と何も変わったところがないように見えました。言葉もちゃんと話すことができるし、きちんと歩くこともできます。食事も自分でできるし、排泄もできます。

しかし、たった一つだけできなくなったことがありました。

それは「社会生活」です。

具体的に言うと、その人は他人と社会的なコミュニケーションがとれなくなってしまっていたのです。

私たちは普段、人とコミュニケーションをとるとき「言葉」を使っています。そのため、言葉から相手の思いをくみ取っていると考えがちです。

でも、そうではないことを、この症例は教えてくれています。

脳の研究が進んだことによって、今では「心の場所」は脳の中にあることがわかっています。これまでは、英語で心を意味する「heart」という語が同時に心臓を意味するように、「心」は心臓の位置にあると考えられていました。もちろん、これは大きな発想の転換でした。

でも、この事実を知っただけで満足している人がほとんどで、私たちは脳の「どの場所」に心があるかまで正確に知っている人はごく少数のように思います。

はっきり申し上げますと、「心は脳の中にある」という曖昧な知識だけでは、知識がないのとほとんど変わりません。もちろんストレスを「消す」ことなんて、とても無理な話です。

というのも、ストレスによって心が病んでしまうということも、脳の中にその要因があるからです。

私か「脳ストレス」という言葉を使うのも、まさに、みなさんに「心の場所」を明確に知ってもらうためです。精神的なストレスヘの対処も、「心の場所」を突き詰めることで初めて明らかになりました。

私たち人間は他の多くの動物よりも大きな脳を持っています。身体の大きさに対する脳の割合でいうと、人間は一番大きな脳を持っているといえます。チンパンジーと人間も、脳をみればその違いは一目瞭然で、人間の方が遥かに大きな前頭葉を持っています。

私たち人間の脳は、その進化とともに少しずつ発達してきたものです。そのため、最も原始的な脳である「脳幹」を中心に、その外側に少しずつ新しい脳が「増築」されたような構造になっています。

脳幹は別名「自立脳」といって、呼吸、循環、消化などの自律神経機能、さらには咀噌や歩行といった基本的な生命活動に必要な、運動を調節する機能が存在しています。

その脳幹の上に位置するのが間脳「視床下部」。視床下部の別名は「生存脳」といい、食欲と性欲という生存に不可欠な働きをしています。

では、なぜ人間だけが「情動の涙」を流せるのでしょう。

人間だけが情動の涙を流せるのは、他の動物にはない脳を人間が持っているからです。それは、「前頭前野」と呼ばれる脳です。

前頭前野というのは、脳の中ではとても新しい部分で、人間への進化の過程で生まれた脳です。他にも前頭前野を持つ動物はいるのですが、人間ほど発達しか前頭前野を持っている生き物はいません。

だからこそ、涙を流せるのは人間だけなのです。

先ほど、人間だけが感じる精神的なストレスが二つあることをご紹介しました。「快が得られなくなるストレス」と「他人に認められないストレス」です。人間だけがこの二つをストレスと感じるのも、実はこのストレスが前頭前野の発達と関係しているからなのです。

つまり人間は、前頭前野という脳の領域を発達させたことによって、他の生き物では感じないストレスを感じるようになってしまった。だが、それと同時に、他の動物にはないとても効果の高い「抗ストレス能力」もまた、手にしたということです。

「ストレスには勝てない」

ストレスが続けば生き物は死んでしまうのですから、間違いなくそれは真実です。でも、それだけでは人はあまりにも無力だと思いませんか。ストレス実験で動かずに、ただじっとしているラットと何ら変わりありません。私たちは本当に何も対抗策はないのでしょうか。結論から言いましょう。

私たちに対抗策はあります。