「ストレス」というどこか得体の知れないものに対して、私たちは今まで重大な思い 違いをしていました。それは、
ストレスに勝とうとしていたということです。
しかし、私たちはストレスに勝とうと思ってはいけません。
なぜなら、人はストレスには勝てないようにできているからです。
そしてもう一つ、最近「ストレスフリー」という言葉をよく聞きますが、これも目 指してはいけません。
なぜなら、ストレスは決してなくならないからです。
決して得られないものを望んでしまうと、かえってストレスは増えてしまいます。
冒頭から厳しいことを申し上げましたが、これは事実です。
仏教をひらいたお釈迦さまは、六年という歳月をかけてあらゆる苦行を経験し、ス トレスに打ち勝とうとしました。しかし、それでもストレスに勝つことはできなかっ たのです。
では、私たちは日々迫りくるストレスに対して、どうすればいいのでしょうか。そ の答えは、実は非常にシンプルなものでした。
ストレスを消せばいいのです。
「ストレスはなくならないと言ったじゃないか」。そう思われた方も多いことでしょ う。確かに、ストレス自体は決してなくならないし、ストレスに勝つことはできませ ん。ストレスが大きくなれば、人間の生命をも脅かすとても危険な存在になります。
しかし、ストレス自体はなくせずとも、ストレスによって受ける「苦しみ」はいく らでも消せるのです。
本当の意味で「ストレスに強い人」というのは、ストレスを打ち負かしていく人で はありません。襲い来るストレスを上手に受け流し、自分にとって適度なストレスに コントロールできる人のことなのです。
重要なのは、その方法を知っているかどうか、それだけです。
ストレスには「痛み」や「寒さ」といった身体的ストレスと、「つらさ」や「悲し み」といった精神的ストレスの二種類があります。
これまでのストレス研究では、このうち身体的ストレスに関するメカニズムしか明 らかにされていませんでした。つまり、心のストレスは確かにあるのに、どうやって 生じるのかも、どうやったら治るのかもわかっていなかったのです。
だから、今でも多くの人がうつ病などの精神的な病に苦しんでいるのでしょう。
私たちがストレスに対してこれまで何もできなかったのは、精神的ストレスを「心 のストレス」ととらえてしまったことによって、原因も症状も曖昧なままにしていた からだと思います。
しかし、脳科学はその精神的ストレスがどうして発生するのかを、ついに突き止め たのです。これがとても大きな発見だったことは言うまでもありません。
心のストレスの正体は、「脳が神経伝達物質を通して感じるストレス」です。そし て、脳がストレスを感じるということは、そこにはストレスを伝達する物質があり、 それを抑制する機能も確かにあるということです。
私はこのことをみなさんに知っていただくために、心のストレスのことを「脳スト レス」と呼んでいます。
そして私たち人間の脳には、脳ストレスをコントロールするための機能がちゃんと 備わっているのです。その機能は、本来ならば、人間が社会生活を送る中で、人との コミュニケーションを大切にしながら規則正しい生活を送っていれば、自然と働くよ うになっていました。
ところが近年、不規則な生活や、核家族化、パソコンや携帯電話の普及などによっ て、社会生活そのものが大きく変化してしまいました。そのため、この大切な機能が うまく働かない人が増え、ちょっとした「心のケガ」として表れているのです。最近、 うつ病やキレる人が増えてきているのも、まさにこのことが原因です。
脳ストレスをコントロールするための機能は二つあります。
一つは、ストレスを受け流す体質をつくる機能です。これは「セロトニン神経」を 活性化させることで高まります。
もう一つは、溜まってしまったストレスを一気に解消する機能です。これは「涙」 を流すことでスイッチが入ります。
この二つの機能が備わっているのは、最も人間らしい脳といわれる前頭前野の内側 部です。この場所は、別名「共感脳」といわれ、社会性や他者への共感を育む場所で もあります。ストレスをコントロールする機能は、そうした最も人間らしい脳に備わ っているのです。
人間はひとりでは生きていけない、社会的な生き物です。
ところが、社会生活は、人間に喜びをもたらすと同時にストレスももたらします。
そこで私たちの脳は、この社会生活の必要性とストレスの発生という問題を解決す るために、進化の過程で、共感脳の中にストレスをコントロールする機能をつくり上 げてきたのです。そうすることによって、人間が人間らしい生活や行為をすればする ほど、共感脳が活性化し、同時にストレスを上手にコントロールできるようになるか らです。
ですから、ストレスをコントロールし、消すことは、決して難しいことでも、特別 なことでもありません。
誰だって自分の脳を変えられるのです。
今までの生活習慣を少しだけ変えて、人間が最も人間らしい生活をすることIそ れだけで共感脳にある「二つの機能」は間違いなく高まります。
あなたを苦しめるそのストレスが、確実に「消えて」いくことをここにお約束いた します。
今、多くの人が「脳ストレス」によって心を病んでいます。
ここで提案する「セロトニントレーニング」と「涙」は、そうした病んだ心を回復
させるための、いわば心のリハビリテーションです。
うつ病は、今や「心の風邪」といわれるほど、身近な病になってしまいました。
ここを読んでくださった方の中にも、うつ病で苦しんでいる人、または身近な人が うつ病になり悩んでいる方もおられることでしょう。
そうした方に知っていただきたいのは、自分の心と身体の健康を守ることができる のは、自分の努力だけだということです。
多くの人は、病気になれば病院へ行き、医者の診察を受け、処方された薬を飲むの が最もよい治療法だと思っています。
でも、医者の端くれである私か言うのも何ですが、医師が処方する薬に頼るより、 私たちの身体は、もっと安全でもっと効果の高い[秘薬]をつくる能力を持っている のですから、それをつくる能力を引き出してやることの方が大切なのです。
手足が麻庫してしまった人がリハビリをするとき、最初は無理をせず、本当に小さ なことから始めます。
心も同じです。
心が弱ってしまった人に元気を出せと言っても、それは無理な注文です。
最初は本当に些細なことからでいいのです。ストレスには勝てないと理解するだけ でもかまいません。次に、「心のストレス」を「脳ストレス」と置き換え、その原因 と対処法を知ること。そしてその翌朝、太陽の光を浴びる。それだけでもまったく違 います。
ただし、どんなに小さくてもいいので、その一歩は自分で歩んでください。
もしあなたが当事者でないなら、本人が努力できるように見守ってあげてください。
身体のリハビリもそうですが、弱ってしまった機能を復活させるには、苦しくても 自分で努力するしかありません。
心のリハビリも、医師や周りの人に頼るのではなく、自分でやらなければ効果はあ りません。
でも、小さな一歩でも、自分の足で歩み続ければ、必ず再び元気に走れるようにな ります。
規則正しい生活、バランスのとれた食事、呼吸法やジョギングなどのリズム運動、 これらを毎日続けるのは、やはりストレスです。
でも、そうした「適度なストレス」を、自分でコントロールしながら自分に課して いくと、脳は活性化し、その人の持つ能力を引き出し、さらには健康維持に必要な 「秘薬」セロトニンも出してくれます。
つまり、ストレスをもってストレスに対抗する、ということです。
もちろん、セロトニン神経を鍛えるだけでは対抗しきれないほど、ストレスが大き くなることもあります。
そのときは、思いっきり泣いて、ストレスを洗い流してしまいましょう。
人生にはいろいろなことが起きます。
楽しいこともあれば、つらいこともあります。
よりよく生きるということは、決してその幸せな部分だけを選ぶ生き方をすること ではありません。楽しいことも苦しいことも、人生で起きることをすべて味わい尽く す生き方をすることだと私は思っています。
疲れたら、身体を休めればいい。 つらいときは泣いてしまえばいい。 そして、休んだらまた自分の足で歩き出す。
それが、ストレスと寄り添いながら生きていく、ということなのだと私は思います。
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